人と心と葬式

人にはご先祖様を想う気持ちが誰しもあると思います。
それは生きているうちに会ったことのある人かもしれませんし。
遠いご先祖様で、顔も知らない人のことでもあります。

なぜご先祖様のことを考えるか、それを考えてみたら、その人がいなければ今ここに自分は存在しない、そんな不思議な感情と、奇跡ともいえる出来事に皆が関心を持つからなのだと思います。
本当にすごいことです。

葬式の際に故人を想い手を合わせるということを、多くの人がやっています。
この動作も故人に対して冥福を祈ったり、感謝をしたり、人それぞれの想いがあると考えますが、
相手が親族であるならば、その人がいてこそ、自分が存在しているのだと感じられる機会であり、
親族の葬式があるときはとても不思議な気持ちになります。

そう考えると葬式という物は本当に偉大なものだと思います。
目に見えない、確かではないようだけれど、確かに心の中に存在するもの、そんな感情を明確に感じさせてくれるというありがたさは、なかなか感じさせることは難しいと思います。
この葬式に故人の前で手を合わせるという日本の風習は、素晴らしいものです。
その人を想う時間をつくっているのですから。

昔から今の人と同じように手をあわせていた人がいる、昔の人も私たちと同じように故人を想い、
その風習が今もつながっていると思うと、これはとてつもなく壮大なことだと思います。
私は自然を見ても、同じような感情になる時があるのです。
空を見上げ、流れる雲、日の光を感じ、昔の人もきっとこんな眺めを見ていたのだろう、文明が進んでも、人の気持ちの中にはいつでも変わらない物が存在する、そんな確かな安心感、自然はそれを感じさせてくれます。
雄大な自然、雄大な人の心が生み出したもの、二つはこれからも大切にしていくべきだと私は思います。
どうやったら大切にできるか、それは人々の気持ち次第だと私は思います。
皆が大切にしたい、守りたいと思えば、きっと大切にする方法、守る方法が生まれると思います。

私たちが故人を想う気持ちがあるように、いつか私の子や孫も私たちを想ってくれることでしょう。
人の気持ちの素晴らしさ、人の気持ちの温かさを信じる気持ちが皆にあれば、葬式という形式も自然もきっと残っていくと思います。
そして私たち自身がその手助けをする役割は葬式の前で手を合わせることで、果せるような気がするのです。

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